大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和36年(ラ)164号 決定 1961年12月05日

抗告人 竹内茂

相手方 東京風呂産業株式会社

主文

費用予納命令に対する本件抗告を却下し、上告状却下命令に対する本件抗告を棄却する。

抗告費用はいずれも抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、原審のした費用予納命令および上告状却下命令の各取消を求めて、本件各抗告をした。その各抗告理由の要旨は、別紙摘録のとおりである。

それで案ずるに、本件記録によれば、

一、抗告人(上告人)と相手方(被上告人)との間の名古屋地方裁判所(本庁)昭和三六年(レ)第一九号売掛代金請求控訴事件について同裁判所がした第二審判決に対し、抗告人は、昭和三六年八月一七日同裁判所に上告理由の記載のある上告状を提出し同裁判所同年(レツ)第一二号事件をもつて上告をした。

一、しかし、抗告人は、右の上告事件につき、上告手続における費用(諸書類の送達、訴訟記録の送付およびその送付を受けた旨の通知に要する費用をさす。以下同趣旨。)を少しも予納しなかつた(もつとも、上告状に添附して郵便葉書一枚を提出している。)。それで右裁判所は、同年九月一六日決定をもつて「上告人竹内茂と被上告人東京風呂産業株式会社との間の昭和三六年(レツ)第一二号(同年(レ)第一九号)売掛代金請求事件について、上告人に対し、この命令送達の日から一〇日以内に郵便切手一三〇円を八組予納することを命ずる。」と記載した予納命令をし、その命令正本は同月二一日抗告人に送達された。そして抗告人は同月二八日右命令に対し本件抗告をした。

一、右命令所定の期間を経過しても、抗告人は右の費用を全然予納しなかつた。それで右裁判所裁判長は、同年一〇月七日「上告人がさきに予納を命ぜられた民事訴訟規則第四四条所定の費用の概算額(郵便切手一三〇円八組)を全然予納しないので、裁判所は上告状を被上告人に送達することができない。」旨の理由によつて、右上告状の却下命令をし、その命令正本は同月一三日抗告人に送達された。そして抗告人は同月一九日この命令に対し本件即時抗告をした。

という事実を肯認することができる。

なお、抗告人は、今日に至るまで、上告手続における費用をまつたく予納せず、その費用の一部なる上告状を被上告人に送達する費用すらも予納しない。

まず予納命令に対する抗告について検討する。本件のように、費用を予納しないときは、裁判所は、民事訴訟法第一〇六条第一項にもとづき、決定をもつて、相当の予納期間を定めた予納命令をすることができる。本件予納命令は、このように右条項にもとづき決定をもつて裁判をなし得る事項につき決定をもつてした裁判であり、しかも申立を却下した決定でない。したがつて右命令に対しては、同法第四一一条によつても、同法第四一〇条によつても、抗告をすることができない。これを要するに予納命令に対して抗告を許す旨の規定がないから、予納命令に対する本件抗告は、抗告をもつて不服を申し立てることの許されない決定に対してした抗告であり、不適法である。

次に上告状却下命令の正否について審案する。しかし、予納命令が上告状却下命令の前提となつているので、まず予納命令の正否について判断する。

一般に上告手続における費用は上告人において予納しなければならない。

そして上告手続において通常必要な費用の概算額は比較的に予定することが容易であるので、費用予納の懈怠に起因する上告事件の訴訟遅延を防止するために、民事訴訟規則は、その第四四条において特に「上告を提起する場合には、上告状、上告受理通知書、上告理由書及び裁判書の送達、訴訟記録の送付並びに上告裁判所が訴訟記録の送付を受けた旨の通知に要する費用の概算額を予納しなければならない。」と規定している。右費用は上告手続において通常必要な費用であるが、右費用には、抗告人の主張のように、上告の適否を審査する原裁判所において必要な費用と上告裁判所において必要な費用とがある。しかしながら、同条は、前記のように、訴訟遅延を防止するために、少くとも通常必要な費用だけは急速に予納させるという趣旨である。そして同条は、原裁判所において必要な費用と上告裁判所において必要な費用とを区別せず、その両者につき一様に、「上告を提起する場合には、……費用の概算額を予納しなければならない。」と規定している。更に右規則第一条第三条を参照して考察すると、右規則第四四条所定の費用は、原裁判所において必要な費用と上告裁判所において必要な費用とを区別せず、一様に、上告状の提出と同時にまたはその直後迅速に、原裁判所に予納しなければならないと解するのが相当である。したがつて右費用のうち上告裁判所において必要なものは原裁判所に予納しなくてもよいという趣旨の抗告人の主張は理由がない。

右規則第四四条所定の費用を必要とする場合以外にも、種々の費用を必要とする場合が起り得ることはいうまでもない。原裁判所においても、上告状または上告理由の補正命令等の送達費用を必要とする場合が起り得るし(本件においては、現に予納命令の送達費用を必要とするようになつた。)、上告裁判所においても、口頭弁論期日呼出状等の送達費用を必要とする場合が起り得る。

叙上の費用を予納しない場合に裁判所が民事訴訟法第一〇六条第一項にもとづき相当の期間を定めた予納命令をなし得ることは、前記のとおりである。なお、本件予納命令の定めた一〇日間の期間は相当な期間である。

そこで抗告人の提起した前記上告事件(上告人一名、被上告人一名)について民事訴訟規則第四四条所定の費用を計算しよう。被上告人に対する上告状および上告受理通知書の送達、上告人に対する上告受理通知書の送達、上告人に対する裁判書の送達ならびに被上告人に対する裁判書の送達の各費用は、それぞれ一三〇円(重量二〇グラム以下と仮定して、第一種通常郵便物料一〇円、書留料四〇円および特別送達料八〇円の各郵便切手代)、すなわち合計五二〇円である。上告裁判所が上告人および被上告人に対してそれぞれ訴訟記録の送付を受けた旨の通知をするために必要な各費用は、それぞれ一〇円(第一種通常郵便物料)、すなわち合計二〇円である。上告裁判所たる当高等裁判所(本庁)と原裁判所たる名古屋地方裁判所(本庁)とは庁舎を同じくするから、訴訟記録送付費用が不要であることは、抗告論旨のとおりである。前記のように、上告状に上告理由の記載があるから、一応上告理由書送達費用は必要がないようにみえる。しかし、右の上告状を詳細に点検すると、それには「控訴判決の違憲背法の諸点は更に理由書において摘示する。」と記載してある。それで将来上告理由書が提出され、しかもそれを送達しなければならなくなる場合を当然に予想しなければならない。その送達費用は一三〇円である(上記の各費用額は、いずれも郵便法の規定にもとづいて計算した最少限度額である。多少の余裕を考慮した概算額をもつて計算してよいわけであるが、本件においては、右の最少限度額を基準にして諸問題を検討する。)。叙上の合計六七〇円は、右の上告事件が通常の進行をした場合に必要な右規則第四四条所定の費用額である。

本件予納命令には、上記認定によつて明かであるように、費用を要する個々の行為の各項目およびその各概算額を全然明記してない。しかし、上告事件の番号、事件名および当事者名を記載してあり、かつ郵便切手にて一〇四〇円予納することを命ずる旨を記載してある。したがつて右命令は、抗告人の提起した前記上告事件について郵便切手を要する諸書類の送達、訴訟記録の送付を受けた旨の通知等に要する各費用、すなわち民事訴訟規則第四四条所定の費用その他の上告手続費用の予納を命ずる趣旨であることが明かである。そして本件のように、その費用を要する個々の行為の各項目およびその各費用額を具体的に明示せず、それらの費用を一括した一定の概算額だけを明示してその予納を命じても、これをもつてただちに違法と断定することはできない。次に本件における右規則第四四条所定の費用は前記のように六七〇円であるから本件予納命令所定の金額は右金額を三七〇円だけ超過する。これは、右命令が一方において同条所定の費用のうち、訴訟記録の送付を受けた旨の通知に要する費用合計二〇円を除外し(このことは、右命令が一三〇円八組と明記して一三〇円を単位にして予納を命じている事実自体によつて明白である。)、他方において抗告人に対する右命令自体の送達に要する費用一三〇円(この費用の予納を命ずることは、結局において、裁判所がすでに立替支出した費用の納付を勧告する趣旨とみるのほかはない。)または抗告人に対する上告理由補正命令の送達に要する費用一三〇円と上告人および被上告人に対する口頭弁論期日呼出状の送達に要する各費用合計二六〇円との合計金額三九〇円を加算したためであると解せられる。本件予納命令の表示する趣旨は客観的にみて、上記のとおりであると解さなければならない(本件上告状却下命令には、前記のように、予納命令所定の金額一〇四〇円全部が右規則第四四条所定の費用の概算額そのものである旨の記載があるけれども、予納命令の表示する客観的な趣旨は、上記のとおりであると解するのが妥当である。)。そして原裁判所が上告手続費用の予納を命ずるにあたり、前記のように、右規則第四四条所定の費用のうち訴訟記録の送付を受けた旨の通知に要する費用を除外した費用と予納命令自体の送達費用または補正命令の送達費用と口頭弁論期日呼出状の送達費用とを合算して予納を命じても、その予納命令は少しも違法でない(なお、本件上告状却下命令の記載のように、本件予納命令所定の金額一〇四〇円全部が右規則第四四条所定の費用の概算額そのものであると解すれば、右金額より前記六七〇円を差し引いた超過額三七〇円は、被上告人または上告人の住所変更等に起因して同条所定の書類の送達不能を生じこれにつき更に送達をしなければならなくなるような場合等を予想した――ただし、記録によれば、本件においては、そこまで予想する必要はなかつたと思われる――とみるのほかはない。しかし、そのとおりであると仮定しても、本件予納命令が違法であるとはにわかに断定することができない。)。なお、上告人に対する上告状送達の費用がその他の費用に比して特別の性格を有することは、後記のとおりである。しかし、上告状送達費用とその他の諸費用とを合算した概算額の予納を命じても、その命令自体は違法でない。

抗告人は本件予納命令所定の金額を不当として非難攻撃しているけれども、上記説示のとおりであるから、右の点に関する抗告論旨は理由がない。予納した郵便切手のうち使用しなかつた分が事件終了の際返還されることは、多言を要しないであろう。

右のとおりであり、更に記録を精査したけれども、本件予納命令に違法とみるべき欠点はない。

よつて進んで、期間を定めた予納命令を発したにもかかわらず予納をしない場合の効果について検討する。命令所定の期間を経過しても上告状を被上告人に送達する費用を予納しない場合には、原裁判所の裁判長は、民事訴訟法第三九六条第三九七条第三七〇条第二二八条により、上告状の送達をすることができないとして上告状を却下することを要する。しかし、その他の費用を予納しない場合には、上告状を却下することができない。すなわち上告状送達費用はその他の費用と異り、未納によつて上告状却下という重大な結果を発生する特別の性格を有するものである。

前記のように、上告状送達費用は、特別の性格を有する費用であるから、本件のように、上告状送達費用一三〇円とその他の費用の概算額九一〇円とを合算した金額一〇四〇円だけを明示し、その金額算出の基礎たる上告状送達等の費用を要する行為の各項目およびその各費用額を全然明記しないで、予納命令をし、その命令所定の金額を少しも納付しない場合に、上告状送達費用一三〇円の予納を命じたにもかかわらず、これを予納しなかつたとして、上告状却下命令をすることができるか否かは、疑問の余地の多い問題である。すなわち、本件予納命令自体は、前記のように、予納命令として違法であるということのできないものであるけれども、本件予納命令を前提としてした本件上告状却下命令は違法でないかという疑問が生じる。本件のような予納命令の送達を受けても、上告状送達費用の概算額の予納を命ぜられたことを確知しない者が多いかも知れない。また、一三〇円の予納を命ぜられれば、ただちに予納したにもかかわらず、その八倍なる一〇四〇円もの予納を命ぜられたために一三〇円すらも予納しなかつたというような場合もあり得る。上告状送達費用とその他の費用とについて一個の予納命令をする場合においても、少くとも上告状送達費用についてだけは、特に、「上告状送達費用何円」と明記すると共に、「特に上告状送達費用は必ず予納するようになされたい」旨を附記するような措置をとるのが妥当であるといわなければならない。右の諸点から考えると、本件のような内容の予納命令をしたことを前提とする上告状却下命令は、特別の事情がない限り、違法として取消を免れないと解するのが相当であろう。そこで特別事情の有無について検討するに、本件記録によれば、抗告人は、民事訴訟法等につき相当の法律知識を有し、相手方の提起した右訴訟事件につき、弁護士等に訴訟代理を委任しないで、終始みずから各種の訴訟行為をして今日に至つたものであつて、第一審において敗訴し、昭和三六年二月二三日控訴をし、更に前記のように本件上告をし、その間、しばしば訴状をはじめとして諸書類の特別送達を受け、また諸種の書類を提出し、特に控訴審において、控訴の直後控訴状送達費用等として郵便切手にて一九〇円(その当時の郵便法の規定によつて計算した九五円二組の金額。なお、その後に改正された同法の規定により、右の九五円が前記の一三〇円に値上げされた。)を予納し、その後更に二回にわたつて郵便切手にて費用合計一四五円を予納したことを肯認するに十分である。しかも、裁判所における通常の事務取扱状況と抗告人の主張とを総合して考察すれば、抗告人は、本件予納命令の送達を受けた同年九月二一日の約一週間以前なる同月一三日ころ原審より、郵便葉書にて、前記上告事件につき、「諸書類送達等の費用として郵便切手一三〇円四組を至急納付されたい。」旨の通知を受け、その合計金額五二〇円等をほぼ妥当であると考えたにもかかわらず、その金額の全部または一部を納付しなかつたことを推知することができる。そして以上認定のすべての事実と本件記録によつて推測し得る諸般の事情とを総合して更に考慮すれば、抗告人は、本件予納命令の送達を受けた当時、その命令所定の金額一〇四〇円が上告状送達費用を包含していることおよびその費用の概算額を知つていたという事情ならびに仮に本件予納命令に、「一〇四〇円のうち一三〇円は上告状送達費用であり、この費用は特に必ず予納するようになされたい。」旨を記載してあつたとしても、抗告人は今日に至るまでその費用一三〇円を予納しなかつたに相違ないという事情を推認するに難くない。それらの事情は前記の特別事情にあたるから、本件上告状却下命令は、前記内容の予納命令をしたことを前提とするものではあるけれども、なお取消事由のあるものということができない。

上告状却下命令をする場合には、上告状の謄本(被上告人に送達すべきものとして上告人より提出してあるもの)をその命令正本に添附して上告人に返戻すべきものと解する。その場合、上告状の原本(すでに記録に編綴してあるもの)を返戻すべきものと解する説があるけれども、賛成することができない。しかしながら、右の謄本を返戻しないことは、右却下命令の効力に影響がなく、その取消事由とならないと解するのが相当である。仮に原本を返戻すべきものと解する説に従つても、同様に解すべきである。したがつて本件においては、抗告人の主張のように、右の謄本も原本も今日に至るまで抗告人に返戻してないことが記録上明かであるけれども、そのことは本件却下命令の効力を左右しない。

予納命令に対する本件抗告につき抗告審において判断がなされる以前に、原審は本件上告状却下命令をしたけれども、そのことは少しも不当でない。

右のとおりであり、更に記録を精査したけれども、本件上告状却下命令に取消事由となるべき欠点は存在しない。したがつてこれに対する本件抗告は理由なきに帰する。

なお、民事訴訟法および民事訴訟規則における前掲各法条ならびにそれらの法条にもとづいてした本件各命令が憲法第三二条に違反するとは考えられない。

以上の次第であるから、費用予納命令に対する本件抗告は不適法として却下すべく、上告状却下命令に対する本件抗告は理由なしとして棄却すべきである。それで各抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり決定をする。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田彰)

(別紙)

抗告の理由

(一) 費用予納命令に対する抗告の理由

本件訴訟の各判決はいずれも無暴粗雑なものであるが、原審は更に費用予納命令という民事訴訟法に規定のない裁判をした。

原審は、憲法第三二条の保障する抗告人の上告する権利を奪取した。民事訴訟規則第四四条によつて予納をなすべき費用のうち、原審に予納すべきものは、上告状および上告受理通知書の各送達費用と訴訟記録の送付費用とだけである。しかも、本件においては訴訟記録の送付費用は納付する必要がない。その他の諸費用は、上告審で予納すればよい。したがつて抗告人が原審に予納すべき金額は、郵便切手一三〇円分の二組で十分である。原審は昭和三六年九月一三日抗告人に対し四組を予納すべき旨の通知をしたのであるが、この通知書記載の金額はやや妥当である。故に民事訴訟法第四一一条にもとづき本件抗告をする。

(二) 上告状却下命令に対する抗告の理由

上告状却下命令にはその附属書類として上告状を添付すべきであるにもかかわらず、本件においては、それが添附してない。

民事訴訟法第三七〇条は同法第二二八条全部を準用している。しかし、同条によつても、本件上告には欠点がない。原審が費用予納命令をしたので、抗告人は昭和三六年九月二五日附抗告状を提出して右命令に対し抗告をした。したがつてまず右抗告についての判断がなさるべきである。右の抗告によつては費用予納命令につき、同法第四一八条にいわゆる執行停止の効力を生じないけれども、条理上、まず右抗告についての判断がなされることが必須の要件である。しかるにまだその判断がなされていない。上告が提起された場合に、裁判所が期限的制約をすることはできないはずである。かかる意味において右の抗告は理由があるはずである。よつて抗告人は同法第二〇五条にもとずき命令の取消を求める。抗告人は同法第四一〇条第四一五条により本件即時抗告をする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例